「お伊勢参り」「四国八十八ヶ所」「西国三十三ヶ所」など
神社に自身の名前と願い事を書いた紙を貼って旅をしたのが
千社札のはじまりとされています。
もともとは、木の札でありましたが紙文化の発達とともに
しだいに紙の札にかわっていったことは
以前にも「お題」でご紹介させていただきました。
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木札=千社札?
その名前の入った千社札は貼る現場で
お互いの札を交換して交流をはかるようになりました。
これが、やがて交換会へと発展し
デザインなどを競うようになった千社札。
また江戸文化の発展とともに一般庶民にも
単色のものから多色刷りのものを手にするようになりました。
この色鮮やかな絵が「錦絵」というわけです。
写真のなかったこの時代
ブロマイド的役割もしたと考えられ
当時の娯楽の象徴的な存在であった「歌舞伎役者」や
江戸の町のヒーローであった「火消しの姿」が
描かれたりしたものが現在でも多数残っております。
その「錦絵」の数々が、
粋な洒落を競った江戸の人たちへ影響を与え
交換会で交換する自身の「千社札」にも反映されたのは
容易に想像できるところであります。
現在の木札のデザイン的な由来でもある
「千社札」と「錦絵」の密接な関係・・・
あなたは、願掛けとして想いを込めますか?
それとも、洒落のこもった逸品としてお使いになりますか?
□由来を知って木札を語る
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