登山は、初心者です。
小さい頃、丹沢の大山とか小浅間とかハイキング程度でしたが、仲間の手厚いサポートもあり普段の運動不足の体に鞭うちつつ、何とか山頂まで辿りつきました。
今回、伊吹山登山に至った理由は3つあります。
1つ目は、我が経営の師でもある二条先生を師と仰ぐ全国の経営者達が集う「ニッポン全国彪友会 差異性祭in長浜」に参加するにあたり、、
僭越ながら、第1回の彪友会を台東区浅草で主催した私達(台彪会)は、その表敬訪問として一番最初地が、この長浜でした。
2年前の当時も、ガツーンと叩きつけられるような強烈な「おもてなし」でお迎え下さったのですが、その皆々様より「琵琶湖と並んで湖北の滋賀のシンボル伊吹山」と色々な場面で耳にしたからです。
地元の方がシンボルと仰ぐ伊吹の山から見下ろす景色はどんなだろう?
体感してみたい!
2つ目の理由、
今から約400余年前の戦国時代、琵琶湖周辺は歴史の中心地で合った事は周知のとおり。
信長公を始め戦国武将たちは、実り豊かな地でもあり、交通の要所でもあり、この絶景と全て揃ったこの地を我が物とせんとばかりに戦った訳です。
琵琶湖の対岸の山の向こうは、すぐ京の都。
この地を一望できるのは!そう伊吹山!!!そして、かの関が原の合戦場も眼下に見える。実際に、この目で観て感じたい。
3つ目の理由、
『日本武尊(ヤマトタケルノミコト)』に縁のある山だということ。
我が氏神様である「鳥越神社」は、元は「白鳥明神」といい『日本武尊』を祀っております。地名の由来と共に「鳥越神社」と社名は変わりましたが、『日本武尊』をお祀りしていることに変わりはありません。
しかしながら『日本武尊』にとって、伊吹山は鬼門どころではない。。
『日本武尊』が東国遠征を終え最後に伊吹山の神を退治に行ったが、護身の呪力を持った「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を持たずに出かけたことが命取りとなり山の神の祟りを受けて亡くなったといわれるのが、この伊吹山なのです。
「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」とは、スサノオ尊が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の尾から取り出して天照大神に献上した「天叢雲剣」で、後に神武天皇に継承され皇室の「三種の神器」と言われ伝わり、熱田神宮の御神体として祀られているそれなのです。
代わりに征伐なんて、とうてい出来ませんから(笑)
登山にあたり「草薙剣」をストックに持ち替え装備は万全で伊吹山に登りました。
これだけ理由が揃えば、何が何でも登らずにはいられません。
琵琶湖が何とも神秘的に映り、また豊かな田園風景が眼下に広がるのです。
いや~、しかし運動不足がたたって、数日は筋肉痛がとれませんでした。
まいったな~
山に行く時は、装備は万全に!装備を怠ると「日本武尊」でさえも・・を教えてくれた伊吹山。
そして、実際に体感することで湖北を始め琵琶湖周辺の奥深さを
一層感じることができたと改めて感じました。
◇芳雲のプライベート
の記事